ヒューマンファクターズをベースにイノベーションをデザインする
こんにちは、代表の田平です。私が専門とするヒューマンファクターズについて語る、3回目です。
イカ・タコの眼 ≒ ヒトの眼
突然ですが、イカやタコの眼と、我々ヒトの眼は同じ構造です。と聞くと、意外に思われる方も多いのではないでしょうか。かたや無脊椎の軟体動物、かたや地球上生物の頂点に君臨する人間サマですからね。
原始の生物の眼は、光受容細胞が表皮に露出するところから始まりました。この段階では、単に明るさを感知するだけの機能しかありませんでした。これが少し進化して、その部分が凹んで、そのくぼみによって光の方向を感知できるようになり(杯状眼)、その後、小さな穴を通して光の方向をより詳細に感知し像を結べるようになり(窩状眼/ピンホール眼)、眼球が形成され、シンプルなレンズを備えるようになり(水晶体眼)、最終的に、可動型のレンズを備えたピント調節が可能な複雑な眼(カメラ眼)へと進化しました。
イカ・タコの眼は、このように表皮から発生し進化したカメラ眼です。
これに対し、ヒトをはじめとする脊椎動物の眼は、脳の一部から発生して表出したカメラ眼です。
つまり脊椎動物であるヒトの眼と無脊椎動物のイカ・タコの眼は、異なるルートで進化したにもかかわらず、同じような構造と機能に行き着いたというわけです。これを「進化の収斂」と呼びます。言葉からして興味深いですね。しかもついでに言うと、脊椎動物の眼には「盲点」がありますが、イカ・タコの眼にはそれがないという点で、ヒトよりもよくできた眼を持っているとも言えます。余談でした。
前置きが長くなりましたが、そんなわけで今回は、目をはじめとするヒトの感覚受容器に関するお話です。
ヒトの感覚の種類と質
ヒトの感覚を一覧化すると上表のようになります。特殊感覚に分類されている視覚・聴覚/平衡覚・嗅覚・味覚、そして一般感覚(体性感覚)の皮膚感覚である触覚の5つが代表的で、情報量が他の感覚に比べて圧倒的に多いことから、人間の「五感」と呼ばれていることはよく知られています。五感それぞれの1秒あたりに処理する情報量は以下のとおりです。
- 味覚:103bit/s
- 嗅覚:103bit/s
- 聴覚:105bit/s
- 触覚:106bit/s
- 視覚:107bit/s
視覚から得る情報量は1秒あたり味覚・嗅覚の1万倍ということですね。ヒトが視覚から得る情報は全情報量の約80%とも言われており、我々がいかに目という器官に依存して生きているかがわかります。
視覚のしくみ
では、その目という感覚受容器について詳しく見ていきましょう。
中心視野と周辺視野という言葉を聞いたことがあるかもしれませんが、ヒトの視覚は均一ではありません。中心視野は「注視する対象の詳細把握」のための視野で、周辺視野は「動きと全体像の把握」のための視野です。
上のグラフから、普段の視力が1.0ある人でも、視線が10度ズレただけで、0.1相当の見え方しかしていないことがわかります。同じ「見えている範囲」内でも視力は異なり、中心と周辺で色と形の識別力が異なるというわけです。
上から見るとこのようになります。周辺視野で認識できる情報レベルはかなり限られることが理解できるのではないでしょうか。
左上の画像ですが、黄色い丸に中心視野を固定すると、周囲の青丸が消えますね。同じく右上の画像の十字のマークに中心視野を固定すると、周囲の色が見えなくなります。改めて気にしてみると、この両視野の違いは当たり前のように思えますが、普段の生活でそれを気にして生きている人はほとんどいません。
先ほど、周辺視野の役割として「動きと全体像の把握」を挙げました。言い換えると、周辺視野は動きのないものを捉えることが苦手ということです。
この周辺視野の特徴が、重大な事故を引き起こすケースがあります。
コリジョンコース現象
左下の写真は田んぼの中の真っ直ぐな十字路で事故が起きたときのニュースです。右下図のように、同じようなスピードで走る2台の車がいて、双方のドライバーはその視界に相手の車を捉えているにもかかわらず、このような見通しの良い場所で事故を起こしてしまう現象をコリジョンコース現象と呼びます。
この種の事故は、平坦広大な北海道の十勝平野で多発したところから、十勝型事故とも呼ばれますが、これは、周辺視野が、等速で動いている相手の車との位置関係が変化しないことから、互いが静止しているものと錯覚したが故に起きてしまった事故です。このことからも、周辺視野は動きのない(ように見える)ものを捉えることが苦手ということがわかります。
過去に弊社業務で熟練ドライバーと初心者ドライバーそれぞれの運転中の視線の動きを計測したことがあるのですが、熟練ドライバーは絶えず視界全体に注視点を移動させて情報収集していたのに対し、初心者ドライバーはじっと前を見つめている時間が長いという特徴がありました。お分かりの通り、熟練ドライバーの情報収集は周辺視野に頼りすぎない、危険を事前に察知するのに適したやり方と言えます。
ヒトが生きていくのに便利な機能「順応」
中心視野の狭さと周辺視野の頼りなさは、例えば、GUIのユーザビリティテストを観察している際にもよく実感させられます。「画面のすぐそこに目的の情報があるのに、なぜこのモニターさんは気づいてくれないんだ!」という経験がある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
比較的小さなスマートフォンの画面でさえ、そうなります。 それほどヒトの注視可能範囲は狭く、その外にあるものには気づかないのです。
UIをデザインする上で、周辺視野でも気づいてもらえるようにするためには工夫が必要ですが、「動いているものには強い」という周辺視野の特徴から「動かし続ければいいんだ!」と考えるのは早計です。
人間の感覚には「順応」というものがあるからです。
順応とは、同一の感覚刺激を持続して与えると感覚が鈍くなる現象のことです。変化のない刺激や予測可能な刺激は順応しやすく、ヒトはそれを無視することができます。 そう、「無意識のうちに無視」してしまうのです。周囲の音や光にいちいち新鮮に反応していたら、集中してなにかに取り組んだりできませんからね。つまりこの順応はヒトにとって便利な機能といえます。ですので、UIデザイナーの方には、ぜひヒトの能力や特性を考慮したデザインを心がけていただきたいと思います。
ちなみに、五感の中でも、とりわけこの順応が起こりやすいのが嗅覚です。
例えば、よそのお宅を訪問したときにペットの臭いなどが気になることがありますが、そこに住んでいる人はいたって平気そうだし、いつの間にか自分も慣れてしまっていたという経験はないでしょうか。
ですが、体臭のキツい人が、自分だけ慣れて(順応して)しまってそのクサさに気づけないという場合は、周囲の人にとっては(そして結局は自分にとっても)悪夢です。これが意図せぬスメハラ(スメルハラスメント)につながってしまうことに着目して、体臭を客観的に測定し見える化するソリューションとして開発されたのが、コニカミノルタ株式会社 BIC Japanのサービス、Kunkun bodyというわけです。(弊社もコンセプトメイクからハードウェアおよびアプリGUIのデザインまでご支援させていただきました。)
このように、人間特性(ヒューマンファクターズ)を理解し、それをヒントに発想することは、イノベーティブな製品やサービスのデザインに繋がるわけですね。
きれいにまとまりました。今回はこのへんで。